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屋久島2004(7) この旅を振り返って

最後に、今回の2004年の「屋久島旅」のまとめとして、振り返った記事を集めました
まずは、鹿児島空港での乗り換えや、機内で綴った「屋久島メモ」から。

 『いつもなら、帰りたくない、もう少し楽しみたいと思うのかもしれない。
 しかし、今回は十分満足したせいなのか帰る事を惜しむ気持ちは無い。
 ただ、屋久島空港で機内に乗り込むとき、そして、機内から雲間に見える屋久島を見つめたとき、とても切ない思いが込み上げてきた。
 そして、海に浮かぶ島を眺めながら、ふと心の中で流れてきたメロディー。
 どこかで聞いた事のある曲、ルイ・アームストロングの「What a wonderful world」。
 

 今回の屋久島で、自然の生命力を強く感じた。
 傾いても、どんな状況でも逞しく生きている植物たち。
 屋久杉だけでなく、着生植物などを始めとする、原生自然のつながりの世界。
 そんな「つながり」の世界の力強さを痛感し、それに対して自分にとっての「つながり」を思う。

 個人HPの日記(2004.11.29)からの引用。

中越地震が起こったことを知ったのは、ちょうど屋久島滞在中、アジコを空港に送った時だった。
空港のTVで見たニュースは、どこか遠い国の出来事のように感じられた。
「時間と空間」を飛び越えたような旅をしていて、その後もニュースから遠ざかっていた。
彼女とのメールのやり取りで、被害が大きいことも知らされたが、あくまでも僕は旅人だった。
その後、帰宅しニュースを見たりしたが、やはりきっかけは大学祭に行き、大学の仲間達と再会したことだった。

個人HPの日記(2004.12.1)から引用

この後、大学の恩師・仲間たちと「新潟県中越大震災年末ほっとプロジェクト」を立ち上げ、年末に被災地へボランティア活動に向かいました。
当初は、自分事ではなかった「中越大震災」が、自分事になったのは何より大学時代の恩師や仲間やたちの存在が大きかったと思います。
そして、屋久島での旅を経て、自分が大切にしたいつながりの中で、自分自身がやりたい、やるべきだと感じることに全力投球をしてみようと思えたことがアクションにつながっていきました
屋久島の旅から一年経ってこの文章を書いていますが、改めて屋久島での旅から得られたものの大きさを感じています。

屋久島から帰った翌11月から年末までの約二ヶ月、ずっと睡眠不足のまま準備を続けて、新潟に向かいました。
屋久島、新潟と続いた経験は、個人的にとても貴重な経験になったと感じています。
それと同時に、何の因果か、僕らの被災地へのボランティア活動が影響して、大学が「ボランティアセンター」を設立、運営を始めたのでした。
母校に大きな波紋が広がったことは確かで、「ほっとプロジェクト」の発起人としてはとても有難く思ってます。
そして、僕にとってはそのプロジェクト至る伏線がこの「屋久島への旅」にあったということを記しておきたいと思います。

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