個人のHPに載せていた2004年10月18-28日の屋久島記録をブログに移したものになります
この旅は、ヒッチハイクから始まった。
出発前夜、準備をしながら羽田空港までの電車の時刻を確認すると、始発に乗っても飛行機出発時刻の20分前に着けないことが分かる。
飛行機のチケットを予約する時点で電車の乗り継ぎを確認したのだが、横浜駅での乗り継ぎ時間が短すぎることに気付かなかったのだ。
荷物のパッキングが深夜に及んだため、そのまま寝ずに出発することに決める。
本厚木始発の電車に乗れれば間に合うことが分かっていたため、最悪タクシーを使ってでも本厚木駅まで行けばいい。
しかし、せっかく前割でチケットを安くとったのにタクシー代を使ってしまうのは残念だった。
出来る範囲で歩いてからタクシーを呼びたい。
とりあえず、タクシー会社の電話番号をメモをした。
そしてもう一つアイデアがあった。ヒッチハイクだ。
深夜とはいえ、自宅前から厚木方面へ走る国道246号はトラックを中心に車の往来が絶えない。
厚木まで行く車はいくらでもある。
問題はヒッチハイクをして、止まってくれる車があるかどうかということだった。
ヒッチハイクを考えていたため、出発前に画用紙に大きく「厚木」と書いたものを用意した。
荷物で一杯になった100Lザックを背負って、家を出る。
出発間際、見送ってくれた彼女の目には、涙が浮かんでいた。
こんな深夜に「ヒッチハイクをする」といって出発していく男を理解できなかったに違いない。
複雑な心境のまま、家の前から246を歩き始める。
初めてのヒッチハイクにいきなり踏み切る気持ちにもならず、とにかく歩こうと思う。
未明の秦野盆地は冷たい空気に満ちている。
それでも、100Lザックを背負って歩けば汗ばんでくる。
Tシャツにベストで歩く。
3kmほど歩いて、秦野市の市街地に近いところまで来た。
これ以上進むと市街地をはずれ、道端が暗くなり、車が停車しづらくなり、ヒッチハイクを試みるには条件が悪いだろう。
車で厚木に向かい始めなければならない時間まで45分くらい時間があった。
最悪の場合、タクシーを呼ぶとして、あと30分はヒッチハイクができる計算になる。
そこで、ザックを下ろし、ジャケットを羽織り、持参した「厚木」の紙を出して、近くの街灯の下に立つ。
親指を立ててみるものの、車が通る風圧と「厚木」紙が薄くて柔らかいため、うまく持っていることが片手ではできない。
通りかかる車は深夜トラックがほとんどで、固まって通り過ぎてはしばらく間が空く。
車の一団が通り過ぎると、車がハザードをつけて停まってくれるのを期待して、後姿を見るがいっこうに停まってくれる車など無い 。
そりゃそうだよな。オレだってとっさに停めるかどうかなんて分かんないもんなぁ。
こんな夜中だしな。
そう思いながら、いつしか、20分近くが経過。
あと10分、精一杯気持ちを込めてヒッチハイクしよう。
いつしか、自然と「厚木」紙を両手で持って、車一台一台が通るたびに運転手さんの目を見て頭を下げていた。
それでも、停まってくれる車は無い。
しかし、焦る気持ちよりもむしろ気持ちは穏やかになってきた。
タイムリミットまであと二分。
もう少しでタクシーを呼ばなければと思っていた矢先だった。
小型車が目の前を通る瞬間に、クラクションを鳴らして、少し先で停まったのだった。
あれ?成功??・・・目の前を通る瞬間のクラクションが、僕がそこにいるのが分かっていたかのように、タイミングが早かったような気がした。
半信半疑で、車に近づていく。
それまでの予想では長距離トラックの中年おじさんあたりが拾ってくれるのではと思っていた。
しかし、車には運転席の男性が一人、同年代くらいだった。
とにかく、「厚木までよろしいですか?何もお礼とかできませんけど?」とたずね、「すいません」と「ありがとうございます」を連発しつつ、荷物を後部座席に置いて助手席に乗り込む。
良く話を聞くと、先ほど車で通りかかって、しばらく考えて乗せてもいいなと思って戻ってきてくれたとのこと。
それなら、あのタイミングの早いクラクションにも納得がいく。
それにしてもわざわざ戻ってきて頂いたとは、本当に有難い。
こちらから自己紹介して、簡単にヒッチハイクをした経緯を話す。
この男性はKさんと言い、車好きの方のようで、仕事が終わってもなんとなく寝付けずに深夜のドライブに出たんだそうだ。
だから、国道246号で秦野を通りかかったのも単なる偶然だったとのこと。
「よくヒッチハイクされているんですか?僕はヒッチハイクの人を乗せるのは初めてなんです」と言われ、「僕も今回が初めてなんです。」と答える。
僕が屋久島に行くと話したら、九州に車で旅行に行った話しをしてくださった。
しかも、年齢を聞くと、26歳(!)だという。しかもフリーター。
西東京に住んでいるKさんと、秦野からヒッチハイクをした僕が出会った偶然。
26歳のフリーター同士の出会いに何となく縁を感じ、携帯のメールアドレスを交換して、本厚木駅で下ろしてもらう。
旅の始まりに、素晴しい機会が与えられて、なんとなくいい旅になるような予感がした。
ヒッチハイクを心配して、見送ってくれた彼女にメールをして、小田急線に乗り込む。
こうして僕の旅は始まったのだった。
