はじめに
夏の富士山において、外国人登山者の遭難やトラブルに関する報道が連日メディアを賑わせています。
特に、昨年から富士宮市長をはじめとする地元自治体の首長による「無謀な外国人登山者」への苦言や、積雪期の入山規制の強化を訴える発言が、テレビやネットニュースで繰り返し取り上げられて以降、過熱度が増しています。
しかし、こうした報道の過熱は、実際の現場で起きている富士登山の複雑な実態を極度に単純化しています。
メディアの切り取り方と、SNSの「エコーチェンバー効果」が相まって、極めて視野の狭い極端な言説が蔓延する事態となっています。
今回は、学生時代に社会学を専攻していた経歴のある私が、ガイドとして現場で見てきたこと、実際に起こっていることを社会学的な視点でまとめて記事化したものです
きっかけは今の富士山に関する報道ほど、「メディアによるフレーミング」を説明するのに、分かりやすい事例はない、と感じたことでした
そこで一銭の得にもならないと分かりつつも、時間をかけて記事化しました
フレーミング効果・フレーミング理論について詳しく知りたい方は、ググってみてくださいね
メディアによる「問題の単純化」と4つの機能
マスメディアが事象を伝える際、複雑な現実をそのまま報じることはできず、必ず特定の「枠(フレーム)」を被せて提示します。
現在の富士山報道においてメディアが強力に推進しているのは、政治学者シャント・アイエンガーが指摘した「エピソード型フレーム」にあたります。
すなわち、「軽装で夜通し歩く外国人(弾丸登山)」や「ルールを守らない登山者」という個別のショッキングな事例を切り取り、そこだけにスポットライトを当てる手法です。
実際に、テレビ局のカメラマンが、富士山の山小屋に泊まり込んで取材をしている様子を何年も見てきましたが、他の山でそのようなケースはあるでしょうか?
他の山域であれば、遭難事故が発生してからメディアが取材に動きますが、富士山では遭難事故が起こる前からカメラが現地に張り付いています。
そして、「軽装な登山者」「迷惑な登山者」「ルールが分からない外国人」「御来光登山で渋滞にならぶ登山者」「高山病で倒れている人」とステレオタイプな先入観を元に、ネタになりそうな登山者を探してカメラを向けています。
そうして、テレビの視聴者はメディアが作り出した「フレーミング」の中の富士山を見ているのです
コミュニケーション学者ロバート・エントマンが定義した「フレーミングの4つの機能」というものがあります。
これを昨今の富士山での報道例を元に整理してみました(以下は私の見解ではありません)
- 問題の定義:外国人によるマナー違反と遭難の増加が問題である
- 原因の推論:彼らのモラル欠如と、日本の山に対する認識の甘さが原因である
- 道徳的評価:地域社会や救助隊に多大な迷惑をかける「悪」である
- 解決策の提示:閉山期は救助しなくていい(自己責任化)、罰則の強化、外国人対象に高額な入山料を徴収、外国人登山者の排除論など
実際には日本人の中にもマナー違反はありますが、フレーミングの範囲外になっていてテレビには映らないものです。
そして、登山文化の違い、多言語情報の少なさもトラブルが増えている原因なのですが、分かりやすい原因だけがフレームに収められがちです。
「迷惑」「マナー違反」に関する事例は、他にも日本社会の中にあるはずなのです。
罰則を強化したり、入山料を高くすることがそもそもの解決策になるのかどうか、本来は自然公園の規制などの専門家の意見が必要なはずです。
しかし、こうした報道の中で専門家が解説していることは見ることはほぼありません。
芸能人のコメンテーターや野口健さんは専門家ではないですよね?
もともと、富士山についてはフレーミングされて報道されていましたが、昨今は富士宮市長という「権威ある情報源」からの強い発信が重なったことで、そのフレーミングに正当性が加わったわけです。
こうして、一般大衆の価値判断を特定の方向へと強烈に誘導していくフレーミング効果が強まってきていると考えています。
抜け落ちた「テーマ型フレーム」
国籍・人種や個人のマナーといった問題だけが、富士山でこ遭難やトラブルが増える要因なのでしょうか。
もしメディアが富士山での起こっている事故やトラブルを、個別の事件ではなく社会構造の問題として捉える「テーマ型フレーム」で報じたらどうなるでしょう?
「インバウンドの急増による登山者数の増加とインフラの限界」「高所における気象環境の変化や、事前情報の少なさ」といった、より俯瞰的な問題が浮かび上がるはずです。
しかし、富士登山者への啓蒙啓発や事前教育といった課題は、テレビの「絵」としては地味です。
視聴者の注目を集める力には欠けてしまい、視聴率がとれない、PV(ページビュー)を稼げないのです。
そのため、メディアの報道はどうしても、「エピソード型フレーム」に偏ってしまうのでしょう。
エコーチェンバーによる「擬似環境」の固定化
メディアが設定した「迷惑な外国人」という単純明快なフレームは、現代のSNS空間において最悪の形で増幅されています。
SNSのアルゴリズムは、ユーザーの怒りや義憤といった強い感情を伴うコンテンツを優先的に表示します。
結果として、同じような批判的な意見ばかりが反射し合う「エコーチェンバー」が形成され、その閉じられた空間「擬似環境」の中が絶対的な現実として強く認識されているのではないでしょうか。
多くの人々は、実際の富士山の現場を見たこともありませんし、登ったことがあっても過去に1回あるというような人が大半です
にもかかわらず、メディアが提供したステレオタイプと、SNS上で可視化された同調圧力によって、「これが富士山の現実だ」と思い込まされてしまうのです。
本質的な視点や、社会構造的な理解をもとに、冷静に解決策を提示する専門家の意見は、フレーミングされた情報しか知らないマジョリティの声にかき消されてしまうのです。
作られた世論
富士山の環境保全と安全対策が必要であることには、私も異論はありません。
しかし、メディアの狭いフレームとSNSの共鳴によって作られた認識を元に対策を行っていては、問題解決は難しいでしょう。
私たちが直面しているのは、社会構造の大幅な変化です。
円安が止まらない以上、海外からの観光客、訪日客を対象にした観光ビジネス市場の拡大は止まりません。
そして、少子高齢化していく社会の中で労働力不足を補う外国人労働者のニーズも止まりません。
多様な背景を持つ人々が安全に登山を楽しむための環境整備の遅れや、事前情報の発信不足という構造的な課題がますます顕在化してくることでしょう。
そんな環境だからこそ、フレーミングによって歪められた「作られた世論」に流されることなく、現実的な議論と解決策が求められます。
そして、「オーバーツーリズム」という言葉が良く聞かれるようになったように、富士山のような報道の過熱は、全国各地の地方メディアでも頻繁することでしょう
最後に
ロバート・エントマン(Robert Entman)は、社会が権力者やメディアの作った単一のフレームに支配されるのをどう防ぐかという問題に焦点を当てて、悪影響に対抗できる方策を提示しています
興味のある方は調べてみてください
ヒントは既に、過去の研究者が提示しています
ただ、SNSによるエコーチェンバーが加わってきていることが、少しだけ問題を複雑にしているのかもしれません
将来の日本の登山業界・観光業界の浮沈に関わることですし、他人事とは思えずに記事にしました
良かったら感想をお寄せください

