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ご報告

このような形でお知らせをすることになろうとは思ってませんでしたが、愛犬ラブリーが3月8日19時過ぎに倒れ、息をひきとりました。

今までラブリーを可愛がってくださったみなさん、ありがとう。

【3月10日追記】

「どうして突然?」と思っている方もいると思うので、ご報告をしようと思います。
すみませんが、長くなるのと、重くなります。

3/6に友人二人に助っ人に来てもらって、トラックを使って引越しをしました。
その日の夜のうちに愛犬の体調不良もあるので、母が手伝いに来てくれました。
この日から、新しい家の方に泊まるようになりました。

3/7は元の家の片付けとトラックで運べなかった細々としたものを自家用車で二往復して移動しました。
3/8は朝から一人で元の家に行って、捨てる物の整理と、清掃、PCを置きっぱなしにしていたので、メールチェック。
結局6時間くらい愛犬を新しい家に留守番させていました。

3/6以降まともに食事を食べれていなかったので、帰宅して状況を見てから動物病院に連れて行こうと考えていました。
帰宅して、まずは食事をと思うが食べてくれませんでした。

では、トイレをさせるために散歩に出そうと声をかけると、立ち上がってハウスから出てきました。
立ち上がる体力があるので安心しました。
少しフラついていましたが、食事をとってないせいだと思っていました。

今後、外でしか用を足す事が出来ない癖を直せないものかと思っていたので、試しに風呂場に入れて、トイレシートを敷いてみました。
でも、こちらの願いも届かず、いつものように動き出したことで呼吸が乱れてきて、風呂場の詰めたい床の上に座り込んでしまいました。

このままではいけないと思って、抱きかかえて外に出しました。
引っ越してきてから、家のスグ外、玄関から3mほどの場所でおしっこをしてくれていたのだけど、この日に限ってすぐにおしっこをせずに座り込んでしまいました。
体が冷えては負担がかかると思って、おしっこをしないなら家に戻そうと思って立ち上がらせようと思うのだけど自力では立ち上がれないのです。

支えてあげながら、体を抱き起こしました。
もたもたしてると体に負担がかかるので、体につけたハーネス(胴輪)の持ち手を持ちながら、移動させる。
すると再び玄関の前で座り込んでしまう。

すると、座りながらウンチをし出したので、立って踏ん張ることも出来ないことに気付きました。
慌てて、ティッシュで処理して、とりあえず家に戻そうと抱き上げようとした瞬間でした。

バタンと力なく横倒しに倒れました。
そして呼吸をしていませんでした。
これはまずいと思って、即座に人工呼吸を始めました。

何かの本で、口を押さえて鼻から入れる方法を読んだような記憶がありました。
そこから先の記憶はあいまいで、前後をはっきりと覚えていません。

とにかく、何回か人工呼吸を続けたけど、愛犬に反応がないので、とりあえず、自宅の玄関の中まで運び入れます。
人工呼吸でも状況は変わらないので、心臓マッサージも始めました。
どこが心臓だかなんて分からないけど、何もしないよりはましだろうと思ったからです。

このままではいけないと、部屋に携帯電話を取ってきて、動物病院に電話をしました。
先生が車で来てくれることになりました。

愛犬の体を冷やしてはいけないと思い、近くにあったキャンプ用の銀マットを敷いて、毛布を被せて、その上で人工呼吸と心臓マッサージを続けました。
長かったです。
先生が来るまで、だいたい30分間、腰が痛いなんて言ってられないから、ひたすら人工呼吸と心臓マッサージを続けました。

途中、片手で心臓マッサージをしながら、母に電話をしました。
あと、動物病院から電話があって、鼻の下に心臓のツボがあるからそこを突くと良いという。

それでも、ラブリーの鼓動はまったく聞こえてきません。
先生が車で来ても分かりやすいように、家の前の道路に目印で毛布を置きました。

仮に蘇生をしたところで、苦しみが長引くだけかなと思いながらも、何か愛犬のためにせずにはいられない感覚でした。
目を覚まして欲しくて、心臓マッサージ、人工呼吸の間、ずっと語りかけていました。

早過ぎる。
もっと一緒に山に行こう。
また一緒に散歩しよう。
ほっぺたを叩いて、「おい、起きろ」と言ってみました。

やべ、書いててまた泣けてきました(*^_^*)

そして先生が着いても、死亡を確認してもらうだけだった。
先生の前でも、涙はこらえることが出来ませんでした。

愛犬をベットに移し、一晩自宅に安置するために、アイスノン(保冷剤)を入れました。
礼を言って先生を見送りました。
ただただ、目の前に突然現れた現実に、呆然としました。

そして色んな感覚がごちゃ混ぜになって襲ってきました。
死という現実を受け入れざるを得ない状況で、突然、自宅に一人残されたのです。
動かなくなった愛犬とと向き合って、ただただ、泣きました。

前にもこのブログにも書きましたが、私は犬を飼っていなかったら今の自分はいないと思っています。
18-28歳という、人生の中で最も色んなことを考え、社会と関わっていく10年間に、愛犬と共に過ごしてきた時間は本当に貴重なものだった。
一緒にいることで、自由が制限されることもあったけど、何物にも変えがたい経験をさせてもらったと思う。

これから、色んな犬と出会うことは出来るけど、愛犬には二度と会えないのだ。
この星に生きた生き物同士として、どれだけ奇跡的なことだったのかと痛感する。
本当に、有り難いことなんだよな。

「大丈夫です」と言えば強がりになるかな。
今日もエコツー講座に普通に参加できましたし、明日からも普通に仕事に復帰する予定です。

でも、一人で考え事をしていると、突然スイッチが入ってしまう時があります。
今晩「かつや」で夕飯を食べている時もそうでした。

花粉症の季節でもともと目が充血してるから、周りにはあまり気付かれないかな。
それにしても、色んな意味で3/8という絶妙なタイミングで旅立ったように思います。

もし一日後の3/9だったら、今日のエコツー講座にも参加できなかったでしょう。
さらに、この9日に介護用品として、床擦れ防止用のベット、歩けなくても散歩できる車椅子、ウェットフード保存用の食器、庭との出入りのためのスロープ、食事を補助するための大きめのスプーン、あと、車に乗りやすいように台座も買おうと計画していました。

具合が悪いから、もしかしたら、その時が近づいているのかもしれないとは感じていました。
だから、引越しが片付いたら、最後の思い出作りに、一緒に車で一ヶ月くらい旅に出たいとも考えていました。

私の手を煩わせないように気を使ってくれたのかな。
結局寝たきりになったり、オムツの介護生活を送ることも無く、あっさりと旅立ってしまったのです。

3/7の夜、つまり前夜。
引っ越した直後だったので、まだハウスを柵で囲っていませんでした。
なので、久しぶりに愛犬の枕元で、隣同士で寝ました。

呼吸は荒かったけど、いつも通りでした。
どこまでも従順に、最期の日までいつもどおり留守番をして、いつも通り外に散歩に行こうとした。
忠実に私の期待に応え続けてくれたわけだ。

その反面、特別何もしてやれなかったという後悔や自責の感情もあります。
輸血や点滴などをもっとしてあげたら、もう少し頑張れたのかも。
どこから始まったのかは分からないけど、解剖の結果では脾臓や肺に病変があった。
悪性の腫瘍であったなら、あそこまで体調が悪化する前に気付いてあげたかった。

タラレバは考えはじめたら尽きない。
こうした様々に湧いてくる感情にしばらく向き会い続けることになるんだろう。

書きたいことは今後も色々と出てくると思う。
きちんとそれに向き合って、恥ずかしがらずに綴っていこうと思う。

あと、死後、病変組織を病理検査してもらっています。
その結果もきちんと報告します。

最後に、今はっきりと自覚していることについて

今まで「犬を飼っているから」という言い訳をして、諦めてきた目標があります。
それに挑まなかったら、やっぱり愛犬に申し訳ないということなります。

すぐに気持ちを切り替えることなんて出来ないけど、30歳になるまでにあと一年あります。
20代のうちにチャレンジ出来る機会を愛犬が与えてくれたのかもしれません。

これからの私は、大きな後押しを受けて生きることが出来るのかもしれません。
私が私らしく生き続けて行くこと。

そのことが、これからも愛犬が私の中で生き続けるってことなのかなって思っています。

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